駐在員♀の落書き

何の苦労も不幸もない平淡さを心から望む

幸福であり続ける一番の方法は不幸に気付かないことだ

私は自分はいい時代に生まれたなぁと思うのです。

寿命は80から100まで延びると言われ、ネットを中心とした技術革新に恵まれ、戦争も経験しないまま何十年と生きることができました。

両親は健在で、幸い自分で稼げる体と頭を持っています。

生来一人でいることが好きで、人付き合いが苦手なため、友人はあまりいませんが、距離をおいても連絡を取り合える友は少なからずいる。

自分の好きな人に好かれるという経験はまだありませんが、そんな私をいいといってくれる人には出会えました。

結婚はまだですが、おかげでお金の心配事はあまりなく、悩みごとも限定したものです。
もしかしたら今まで出会った人よりずっと素晴らしい人とこれからご縁があるかもしれない、と夢を見ることも許されます。

友達の結婚や出産がFacebookInstagramに取り上げられる度、羨ましさに押し潰されそうになったり、自分が好きだと思える人から好かれないことに劣等感を持ったりもします。

けれどそれは私が自分の不幸だと思う部分に目を向けているからで、それしか見ていないから。
例えば私が幸せそうに見える友達に替わってその人生を歩いたら、また違う不幸を見つけてしまうかもしれません。

人は幸福に目を向けていたいもの。幸福だと思いたいもの。
そのために切り取られた部分をわざわざ残す。
昔は年賀状やアルバムのなかだけで楽しんでいたそれらの作業が、今は外へ発信できるツールがたくさんあって、自分が見てる幸福と同じ景色をみてほしくて発信してるだけ。

それは切り取られたものだから、それを見て幸せそうで羨ましいと思うのは当然のこと。
でも、その幸せの画にならない部分で、色んなページがあって、それは自分だったり近しい人だから見えてしまう。

幸福であり続ける一番の方法は、不幸に目を向けないこと。

不幸に気づかなければ幸福でいられるし、世の中には元から気付かずにいられる気質の人もいるけど、私は私が望む幸せのかたちがあって、だから不幸にも気づいてしまうし、なかなか満足できずに苦しんだりする。

ただ、一つ言えるのは、私は私なりにできる方法で今を一生懸命に頑張って生きている。

悩みながら、迷いながら、小さいかもしれないけれどそれでもできるところからひとつひとつ向き合っている。

それが間違えててもいい、滑稽でもいい、嫉妬してもいいし、羨んでもいい。
全部ひっくるめて私で、何にも恥ずかしいことはない。頑張ってるんだから。

いつか、後の私がこの時の私を振り返って悔やむことがあっても、ちゃんと頑張ってる、大丈夫だよってその時の私に伝えたい。

とりあえずと不動産購入②

続いては不動産購入について。

これは正確にはまだ買ってないが、近々買う予定である。フリー、東京に家を買う。

ちなみに生まれてこの方ローンというものを組んだことがない。

もちろん賃貸というかたちで家賃を月々振り込んでいたくらいのことはあるが、借りたお金に対し返済というかたちで毎月支払ったことはない。

そこに対する若干の恐怖と、その恐怖を麻痺させてしまうくらいの毒なのか薬なのか分からない夢がある。

そう、家賃収入である。

とんでもない災害リスクを抱えた我が国JAPANが、どこまで頑張れるかは神のみぞ知るところではあるが、ともかくも、どうせしばらくは海外、おそらくは長期、それも今後も何度か赴任機会があるかもしれない、なんて状況であれば、ついの棲家としてというより資産的な意味で物件を持つのも悪くないかな、と思っている。

無論、辛うじてアラサーの女がローンを組んで都内に家を持つことが、周りにどんな印象を与えるかはよくわかっている。

だかしかしだ。まだ見ぬお相手の顔色より私は目の前の金になる可能性、資産が欲しい。

ちなみに昨日タイムリーにもYahoo!ニュースで不動産購入について記事にしていた。

都心に新築で35年ローンを組むことのあほらしさについて説いており、確かに35年は恐ろしいなと共感しながら読んでいた。

だがそこに挙げられていた災害リスクについてはちょっと異論がある。

曰く、東京なんていつ災害で使えなくなるか分からんのだから、買うのは割に合わないというような内容だった。

海外に住んでいる身から言わせれば、災害リスクなんて東京に限らずどこにでもある。

問題は災害が起こった時の復興を全力でやりそうな場所かどうかだ。そういう意味で、東京は守られた土地だ。

なんなら過去に既に実績がある。なんでわざわざ我らが祖先が戦後焼け野原から東京を復興させたのか。その土地に守るだけの価値があるからだ。

あとは、物件投資する時に最も恐ろしいのは、土地勘と法律に関する知識がないまま投じること。

そういう意味で、日本人が日本の東京という場所に投資するのはむしろ安全牌だと思っている。

とまあ、色々知ったかぶったことを言ってみたが、要はサラリーマンとして貰えるサラリーに限界を感じたというのが正直なところ。

私の夢はきれいな家に住み、美味しいものを食べ、イケメンを眺めながら暮らすことなので、美しさや若さと引換に等価交換で差し出せるお金を増やしたい。そのためにできることをしたいと、そう辛うじてアラサーは考えている。

とりあえずと不動産購入①

タイトルとは主張したいことの簡潔なまとめである、と小学校の頃国語の授業で習った。

それを忠実に守ってのこのタイトルである。

つまり私の近況はふたつの事象が並列して動いている。

ひとつはとりあえず付き合ってみる、ということを実践していること。

昔は「とりあえず付き合うなんて汚らわしい!」「そんなに好きでもない人とあれやこれやできない!」と思っていたし、正直今でも二つ目に関しては感覚としては全く変わりない。

もっと直接的にいうと、男性には申し訳ないが、さわやかイケメン、せめて自分が普通と思えるレベルでないと顔が近づいてくるだけで生理的にきもい。

これはブスほど相手の容姿にこだわることの典型なので鼻で笑ってくれてかまわない。

包み隠さず、私はイケメンが好きだし、しかも好みにかなりうるさい注文がある。
伊達に少女漫画食って歳食ってない。

この感覚を持ちつつ、しかも結婚するパートナーとして理想的な条件をあげると、

「自分より身長が高くて(170cm以上)」
「年収が自分と同等以上で(700万以上)」
「学歴が同等以上で(march以上)」
「感覚が合って(真面目でうるさいこと言わなくてお金稼ぐの大好きな出不精)」
「イケメン(これは自分のレベルからは広がり続ける宇宙のように果てない希望)」

という、お前は人生の劇的ビフォーアフターでも狙ってるのかという高望み具合になる。

しかもそんな好物件は辛うじてアラサーを選ばずとも、時は大航海時代、もしくは航海を終え先住民から豊かな土地を奪い取ってその地に安住でもしてるのである。

さて、そんな時東の辺境な島国はどうするか。

鎖国するか死ぬ覚悟で戦うかとりあえず手近な国々と貿易でも結んで学んでみよう、という結論に至る。

鎖国はなんなら人生のほとんどをそうやって閉じて暮らしていたし、死ぬ覚悟で戦うにしても私には竹槍しかなく覚悟も何も死ぬしかない状況のため、とりあえず貿易でも結んでみた結果が、今に至っている。

このブログが誰かの目に留まって奇跡的に相手の耳に入ることになったら全力で謝罪すべき事象であるが、おそらく相手もこの感覚であろうと都合よく解釈しつつ、とりあえずを重ねている。

ちなみに、お相手は年収も学歴も低ければ、別にイケメンでもない。私が言うのもなんだがどちらかというと残念な方である。だが、とてもいい人だ。いい人とは、頑張って仕事をし、借金もなければ浮気もおそらくせず、私の話に耳を傾けてくれる忍耐強さと優しさがある。

そして、私には圧倒的に経験が足りない。それはそっちの意味ではなく、いやそっちの意味もあるのだが、そもそも人付き合い的な意味で経験不足だと感じている。ネットでは長文が書けてもリアルではあうあう系である。しかももう辛うじてアラサーである。

人生は、物質的にも心理的にも豊かさを目指すべきだ。
現状満足なんて向上心のないものが使う言葉だ。向上心のない奴は馬鹿だ、と思う程度には、私は今に満足していないので、その現状を変えるべく、まさに足掻いている最中だ。

この結果がどう転ぶかは分からないが、とりあえず日々勉強を重ねている。

もう一つは不動産購入。これはこの文が思いがけず長くなったので②として続ける。

まるで食材の出荷である

実は婚活らしきものは25歳の頃からちょくちょくやっていました。

パーティーに顔を出したりお見合いサイトに登録してみたり。

メディアやネットでの主張に共感しながら始めたことですが、思い返すとそんなこと後でもよかったのに、というのが辛うじてアラサーの感想。

若いと確かにモテます。パーティーでは若いというだけで何の取り柄もない私に列ができました。

スペック的に高い人もたくさんいました。

ただ断言すると、そこで列をなしている男性が魅力的に映ることは一度もなかったです。

「ああ、この人たちは若ければいいんだな」
「若い嫁さんを貰って自分の人生を肯定したいんだろうな」

そう冷めた目で見てしまっていました。

新鮮なほどよく売れるのは野菜や魚なんかの食材となんら変わりない。自分は出荷されるなまものと一緒だという感覚でした。

確かに、子供を考えるなら若い方がいい、恋愛をするなら若い方がいいと考える気持ちも分からなくもないです。

就職でも新卒カードが一番最強なのは日本の社会でなかなか変わらない事実です。

けど、仕事なら経験がいきるように、結婚なんてまさに信頼できるパートナーであることが重要なイベントで、若さが大事!若いうちからやりましょう!結婚しないと後悔しますよ!的な空気は本当に疑問です。

女はいいよね、選ぶだけで、という恨みつらみもあるでしょうけど、今後人生30年連れそうだろう相手、若さを武器に釣って、しかも確実に衰える釣り針、生け簀に放り投げたところで若さを食べて生きる生き物に与えられる餌は確実になくなっていくのです。不安にならない方がおかしいと思う。

最近の日本の結婚事業プッシュは少し宗教じみているとすら感じます。

「結婚は幸せよ」「なぜ結婚しないの?」「妥協すれば誰でも結婚できるのよ」「若いうちから計画的に始めましょう」「結婚しないとおかしい」「結婚できない人はかわいそう」

豊かに生きるためのひとつの選択肢、いつ選択するか、誰を選ぶかはそれぞれタイミングがある。

人間は食品ではない、と信じている。
結婚は宗教ではない、とも思っている。

何を選び、優先し、積み上げていくか、そうして形成したものを共有していける相手を選びたいと思うのは、むしろずっと私たちが望んできたかたちだと思う。

駐在を選んだ理由はお金が大事だから

はじめまして、名前は忘れたので割愛します。
辛うじてアラサー独身駐在員女です。

世の中が便利になり、どんな立場の人もネットさえ繋げられれば自由に発言できる時代になりました。

それを利用して、私も記録として徒然なるままブログを書こうと思います。

さて、世の中は婚活ブームです。

かつて結婚制度に縛られ、強制的に誰かの嫁、もしくは貰い手がなければ教師やら師範やら実家の手伝いをやらされていた我らが先人達が、戦い、泣き、苦労してせっかく手に入れた自由恋愛からの婚姻ですが、そんなことは今を生きる我らには関係ありません。

結婚したい。

そして安定した基盤と幸せと世間からの承認を手に入れたい。

テレビで流される純愛ドラマに夢を見つつも、婚活に励む人の心の底にはそんな願いがあるのではないでしょうか。

私もそうです。

もう辛うじてアラサーですから、周りの憐れみのまなざしも半端ないですし、結婚して誰かが自分のために自分の代わりに働いてくれたらどんなに素敵だろうと思うのです。

そんでもってその人が甘いときめきをもたらしてくれるような人で、ついでにその人が私にぞっこんだったら何も言うことはありません。

我が人生に一点の悔いなしって感じです。

でもまあ残念ながら、私は3年前の誰かと入れ替わったり船が沈没して奇跡的に助かったり落とした靴を頼りに誰かが探しにきてくれたりすることのない、普通の人間です。

なので取れる手段は二つに一つ。

自分で稼ぐか妥協するか。

ここまで随分傲慢なことを言いました。そうです、私が傲慢の使徒です。

仕方がないので私は自分で稼げるところまで稼いで、そのお金できれいな家に住み、美味しいものを食べ、イケメンだけど売れない画家でもしてるイケメンと楽しいことをしようと思いました。ヒモイケメン上等です。

今のところ最後の部分だけ見つけられてませんが、それはまだ私がイケメンを養えるだけのお金を手にしていないからだと思いますので、引き続き頑張ります。

そう、辛うじてアラサーな私が会社の奴隷となって1人駐在という道を走り続けるのはそういうことです。

金がほしい。カイジは私のバイブル。

日本で周りで金がほしいなんて言うと苦笑されますが、お金はとっても大事です。大抵のことは金でなんとかなると思っています。

このブログはそんな金好き女による日々のあれこれを記していくものです。